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自己紹介

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トップページですでに基本情報は書いたけれど、せっかく「個人の自己紹介」なのだから、ここでもう一度書いておく。どうやら多くのプログラマーはブログを書くのが好きらしいが、私はその習慣がない。もちろん博客園のブログはあるが、もう長いこと新しい記事はない。でも Obsidian でノートは書いている。絶対に公開しないだけだ。ノートは AI との会話と同じくらい高度にプライベートなものだ。だからこのサイトが AurLemon Intro であって AurLemon Blog ではない理由は単純で、毎日なにかを書いてアップする気がないからだ。

現状

私の名前は 柠檬AurLemon)。男性、福建省福州市出身。INFJ と INTJ の両方が出たことがあり、2006 年 5 月生まれ。今は大学 2 年生で、2024 年入学。2026 年 9 月に専升本で進学したら 3 年生になる。このアイコンはもう 10 年近く使っていて、昔ネットから適当に拾ったものなので、今では出どころも分からない。方向性としては TypeScript のフルスタック開発。中国語ネイティブで、英語は CET-4 と CET-6 のあいだ、日本語は JLPT N4 と N3 のあいだくらい。しかも最初の CET-6 は落ちたし、CET-4 は読解が良かったので 516 点を取った。要するに CET-6 三戦中だ。二戦目は結果待ちで、たぶん 460 点から 480 点くらいになる。

GL はかなり見る。もし「最高の百合作品」を一つ選べと言われたら、私はたぶん《安達としまむら》を挙げる。小説漫画アニメ はどれも素晴らしいし、アニメの作画は少し貧しいとはいえ、OST も最高だ。よく聴くのは J-POP と Vocaloid。いちばん長く遊んだゲームは Minecraft で、Java 版 ID は Aurora_Lemon。たまに Bed Wars もやる。Agent の主力は Codex の GPT で、Claude Code に GLM をつないで遊んだこともある。コードに関すること、たとえばリポジトリや追っている動向は、だいたい GitHub にまとまっている。詳細はプロジェクトページを見てほしい。

正直に言うと、GitHub Star がいちばん多いのが CSS のリポジトリというのは少し恥ずかしい。なんだか Low に見える。でも星がいちばん多いという事実は事実なので受け入れるしかない。それ以外のリポジトリもだいたい Agent が書いたものばかりで、特に並べるほどでもない。結局、自分にできるのは小さなツールを書くことくらいかもしれない。とにかく、淘宝で星を買うようなことは絶対にしないので、データの真実性は信じてほしい。GitHub Roast に言われたことは本当に正確で、読んで黙り込んだ。

ここ数か月は、自分の MC サーバーをやったり、今後のことを考えたりしている。

教育経歴

私を知っている人によく聞かれるのは、「どうして君の専科は 2 年しかないの?」と「どうして専科にいるの?」という二つの質問だ。ここで簡単に教育経歴を並べておく。

  1. 中学は福州屏東中学(2018 - 2021)。
  2. 中考のあと、福建船政交通職業学院のコンピュータ応用技術 3+2 の 五年制高職 に進学した。高校相当の時期と専科の時期は、それぞれ福建工貿学校(2021 - 2024)と福建船政交通職業学院(2024 - 2026)。
  3. 専升本のあと、福建理工大学の人工知能(2026 - 2028)に合格した。
  4. その先もまだ続いていてほしい(2028 - 2031)。

なぜ専科が 2 年しかないのか? 私は中考後に入る五年制高職ルートだったからだ。

では、なぜそこに行ったのか。これは後で話すとして、まずは専升本の専攻選択と、そのときの判断について書く。どれくらい準備したのか。2025 年 9 月に先生について世界職業院校技能大赛に参加したので、受賞者枠での出願資格があった。そのせいで本格的な受験準備はかなり遅くなり、2026 年 1 月になってやっと始めた。それでも最終的にはそこそこ良い成績で、行きたかった学校に早期合格で入れた。なぜ人工知能を選んだのか? 理由は単純で、福建理工大学が福州にあって家から近いからだ。学校選びでは快適さを最優先にしている。専攻は二の次で、電子情報でも計算機系でも自分には受け入れられる。

志望校を出していた時期には、「人工知能は 985 と 211 以外だと就職が厳しい」「福工はしょせん双非一本だ」と言って、人工知能をやめたほうがいいと勧める友人も多かった。この言い方には現実的な根拠がまったくないわけではない。でも、あまりにも雑すぎる。就職は専攻名だけで決まるものではないし、私が人工知能を選んだからといって、将来必ず AI をやると決まったわけでもない。もし本当に学部卒でそのまま就職するにしても、だ。

私にとって学校選びでは便利さが最重要で、専攻は従属的な条件だった。人工知能という専攻は、その意味では特に痛くない。少し厚かましく言えば、自分では CS Student だと思っている。GitHub Bio にもそう書いた。とはいえ、「就職できない」「双非の専升本が就職できるわけがない」と繰り返して不安を煽るタイプの人についても、一言言いたい。ひたすら解体していった先にあるのは虚無だけだ。問題を指摘することは、問題を解決できることでも、回避できることでもない。結局それは、ターン制で終わりのない内耗にすぎない。

私は学歴フィルターや就職圧力の存在を否定しているわけではない。就職できないかもしれない現実を受け入れていないわけでもないし、自分が就職できるほど有能だとも思っていない。自分だって浮ついている。ただ、現実の困難をまるで宿命のように何度も語る態度が嫌いなだけだ。問題を指摘することは解決することではない。失敗確率を繰り返し強調しても、人は答えに近づかない。ひたすら解体した先に残るのは虚無だけだ。終わりのない虚無と犬儒だ。

最後に一つ面白い話。このページ最上部の画像をよく見ると、実は中に入っているのは厦門理工学院の校章だ。最初に想定していたのは福建理工大学ではなく厦門理工学院だったからだ。まさか今年、福工が専升本の募集を増やすとは思わなかった。専升本の私を拾ってくれた福工には感謝している。

どうして専科にいたのか

次に「どうして専科にいるの?」に答える。より正確に言えば、本当の問いは「どうして普通高校に行かなかったの?」だ。なぜそうなったのか。私は 2021 年の福州の中考生だった。点数自体は普高ラインを超えていたが、良い学校には届かなかった。しかも志望校の出し方も真面目に考えておらず、そのまま五年制高職に行った。今振り返ると、自分が今ここまで来られたことをかなり幸運だと思う。もし普通高校に進んでいたら、今と同じ場所まで来られたかは分からない。五年制高職から専升本まで来られたのは、運が良かった。

これは一種の迂回路だ。ただ、その代償として HR には専升本人材としてワンクリックで弾かれる。中学時代の私は幼かった、と言うこともできる。遊んでばかりいた。でも、その説明だけでは説得力が足りない。成績が悪かったことも、結果が悪かったことも、どちらも表面に見える現象にすぎない。私は自分に問い直したことがある。自分の中学時代はどうだったのか。全部が流れに押されて進んでいて、自分がどこへ向かうのかは分かっていなかった。あの頃の私がいちばん悩んでいたのは、「どう学ぶか」ではなく、「学べなかったらどうしよう」だった。

当時の私は、そもそも試そうとすらしなかった。なぜ試さなかったのか。なぜ腹をくくってやらなかったのか。もしあのときやっていれば、今ある多くの問題は当時のうちに片づけるべきだったはずだ。なぜ今まで引きずったのか。でも、当時の私は本当に無力でもあった。助けてくれる人も、導いてくれる人もいなかったし、どう質問すればいいのかさえ分からなかった。2021 年から 2024 年まで、現実は巨大なテストセットだったのに、私の汎化能力はあまりにも低かった。結果はひたすら過学習とアンダーフィットの繰り返しだった。フィードバックループも足りなかったし、状況から抜け出すための本当に有効な方法も足りなかった。

不安な夜を何度も過ごして、根拠のない法則で自分を何度も騙した。あの時期は表面上は普通でも、中身はかなり抑圧されていた。どうすればよかったのか。小紅書の勉強法、Bilibili のチュートリアル、全部が目に入ってきて混乱した。親戚の「どこの中専に行くつもりなの?」という軽い一言と、同級生の「英語は得意なんだから、後でちゃんと頑張ればまだチャンスはある」「でも中専は中専だよね」という言葉は、私を現実に引き戻した。ほかの人が家の力を使って別の学校に通ったり、海外に出たりしているのを見て、自分が状況を理解して振り返ったときには、すでに全部が遅すぎるように感じた。不安と焦りがあの時期の主旋律だった。

私にとって中学は、高い基準を持つ参照系だった。そこには優秀な人がたくさんいた。その中で、何度も嘲笑の対象だった「専科」という言葉が、初めて自分の学籍に載ったとき、いちばん近い感情は「荒唐無稽」だった。でも変えられなかった。優績を取る力はないのに、優績を崇拝する病気だけは持っていた。

しかも当時の私は参照系そのものも欠いていて、ネット上の小さなコミュニティを世界のすべてだと勘違いしていた。局所最適を大域最適だと思い込んでいた。私は盲目的に傲慢で、少しコンピュータの概念を知っただけで得意になっていた。早くからコンピュータに触れて、サイトを作れて、動画を編集できて、PPT も見栄えよく作れた。一見なんでもできそうだった。でも、それにどれだけ意味があったのか。実際にはほとんど意味がなかった。あの頃の私は、それ以外のことで基本的な安心感すら築けなかったからだ。それでも、少なくともコンピュータに触れられたこと自体は良かったと思う。少なくとも職業の方向性だけは早めに定められたし、方向を考えるための余白時間も確保できた。

少し暗く書きすぎた気がする。なぜ五年制高職にいたのか。単純に、私がダメだったからだ。なぜその中でコンピュータ系を選んだのか。いわゆる「コンピュータ能力」が、当時自分に残っていた数少ない、少しだけ突出した能力だったからだ。パソコンをいじって、変なことをして遊ぶくらいしかできなかった。この五年間でいちばん強く分かったのは、その場に立ち止まることも、ひたすら解体して内耗することも、さらに他人に見えない不安をばらまくことも、何の役にも立たないということだ。下手をすると深刻な構造的犬儒になって周囲にも影響する。それは極めて無責任だ。

この五年間で得た最大の教訓は、何かを成し遂げる第一歩は、とにかく始めることだということだ。誰かや、いわゆる神に期待するより、今の自分に何がどれだけできるのかを見るほうがいい。

主な経験

経験も、胸を張れる賞もほとんどゼロに近いので、ここでは無理やり少しだけ書く。

  1. コード面では、今は昔ながらの手書きプログラミングをほとんどしない。たまに CSS を手で調整するくらいで、仕事の 98% 近くは Agent がやっている。自分の行き先は何なのか、私も考えている。システム全体を制御する力が重要なのは分かっているが、どうやって制御するのかが問題だ。この話は GPT とも議論したことがある。もしかしたら自分の強みは UI 力や統合力なのかもしれない。少し自信を持って言うなら、物を一気に形にして、しかも見た目をそれなりに整えられるのも一つの能力だと思いたい。
  2. 小さな Minecraft サーバー を持っている(2018 -)。私はその服主だ。2018 年、中学 1 年のころから今まで運営を続けている。ささやかな対人経験や管理の感想、技術面での成長の多くは、この共同体に前へ引っ張られて得たものだ。
  3. 2025 年世界職業院校技能大赛総決勝争奪戦で三等賞。専科時代の数少ない成果の一つだ。

2026 年 6 月 30 日 1:42

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